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Oi! こちらパリンチンス 第三回

ボア・タールジ!みなさんこんにちは!

今ここアマゾンのパリンチンスは、半年続いた雨季が終わり、
またジリジリと焼けるような乾季が始まりました。

毎年パリンチンスでは、この季節の変わり目の6月末に
『ボイ・ブンバ』という大きなお祭りがあります。
今日はみなさんにこの有名なお祭りをご紹介しましょう!

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ボイ・ブンバとは…<ボイ=牛>

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街中が赤チームと青チームに分かれて、
アマゾンに住むインディオの生活や伝説をテーマに、
歌や踊り、巨大な山車の美しさで競い合って勝ち負けを決めます。
赤チームは「ガランチード」と呼ばれ赤のハートマークがついた白牛がシンボル、
青の「カプリショーゾ」は青い星がついた黒牛がシンボルです。

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このお祭りは、専用の円形スタジアムで3夜にわたって行われます。
会場内は半分から赤と青にくっきりと分かれています。 
青チームは、なんとコカコーラの看板まで青です!

各チームの発表時間は2時間半と決められていて、
夜8時から始まるショーは午前1時半まで続きます。

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山車(だし)は10m以上もある大きなものばかりで、
アマゾンの巨大魚や大蛇、インディオの形をしたものなどさまざまで、
どれも動いたり火をふいたりします。
両チーム合わせ3日で100台近くもの山車が登場するんですよ。
地鳴りのような太鼓のリズムと共に男性歌手の歌声が響き、
鮮やかな衣装のダンサーたちが巨大な山車の周りで踊ります。
山車の上では、アマゾンの生活を再現する演技が行われています。

わたしは幸運にも、その演技に加えてもらうことができました。

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この写真は、ジュートという植物の収穫を再現した山車です。
ジュートは、コーヒー豆を入れる頑丈な袋を作るのに必要だったため、
昔はこの地域で盛んに栽培されていました。
そのジュートの新種を発見したのが日本人の尾山良太さんです。
今から80年ほど前、このアマゾンの奥地に小さな日本を作ろうと
日本人の人たちがはるばるやってきました。
40度を超える暑さの中、ジャングルの大きな木を一本ずつ切り倒しながら
家を作り畑を作り…という生活は、本当に苦しくて大変でした。
苦労して育てたジュートは途中で成長が止まってしまい失敗続き、
さらに悪い病気で家族を亡くす人もたくさん出ました。
そんな中、あきらめずにジュートづくりを続けていた尾山さんのところに
2株だけどんどん伸び続けるジュートが現れました。
そのうち1株は川の水に流されてしまいましたが、
最後の1株から奇跡的に種を取ることに成功しました。
そのわずかな種からどんどん収穫を増やしていき、
数年後にはアマゾンの経済を支えるほどの産業にまで発展しました。

パリンチンスの人たちはみんな、日本人が残したこの歴史を知っています。
そして次の世代にも語り継ごうとしています。
尾山良太さんをかたどった山車がボイ・ブンバのスタジアムに入ると大歓声が起きました。
わたしは尾山良太さんの奥さん役を演じながら、
日本人であることを誇りに思い胸がいっぱいになりました。

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今年のボイブンバは赤チーム「ガランチード」の勝利で幕を閉じました。
そして、またパリンチンスはいつもの穏やかな街に戻っていきます…。
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by amazontoshimin | 2011-10-06 06:09 | Oi! こちらパリンチンス

Oi! こちらパリンチンス 第二回

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ビアンカです。

ボア・タールジ!日本のみなさん、お元気ですか。

こちらパリンチンスは、長い乾季でアマゾン川の水位が10mも下がり、
川底だったところに道ができたりして、景色がすっかり変ってしまいました。
でも、あとひと月もすれば雨季がやってきて、
今度は洪水の心配をしなければならないそうです。

9月
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10月
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パリンチンスは島なので、人や物はすべて船が運んでくれます。
ここでの生活はすべてアマゾン川と共にあるといえるかもしれません。
さて、今回はパリンチンスの小学校をみなさんに紹介しますね!

◆タダシ・イノマタ学園

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ここは、わたしが毎週金曜日に訪れている小学校です。
ブラジルなのにどうして日本人の名前がついているのでしょう。
それは、この学校が3年前に日本が資金を協力して建てた学校だからです。
それまで学校に通うことができなかった地域の子どもたちが、
今では毎日仲良くこの学校でポルトガル語の読み書きを勉強しています。

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学校の名前になっている猪股正(いのまたただし)さんは、
1934年に家族と一緒にブラジルにやってきた日本人で、
パリンチンスで暮らしながら日本人とブラジル人をつなぐために活躍した人です。
亡くなって12年になりますが、
子どもたちは先生から猪股さんのことを教えてもらっていてよく知っています。
そして自分たちの学校をとても大切に思っています。

ひとクラスは15人~20人くらいで、
低学年、中学年、高学年の教室が1つずつしかありません。
午前に通ってくる子は朝7時から11時まで、
午後の子は昼の1時から4時までの3時間だけの学校です。
授業の最後に軽い給食を食べて帰ります。
日本のみんなにとっては、学校が早く終わるのがうらやましいかもしれませんね。

ここに通ってくる子どもたちは自分の教科書を持っていません。
学校にあるテキストを借りて勉強したり、
版画を刷るような機械で先生が1枚1枚つくるプリントをやったりしながら、
言葉や計算を覚えていきます。 

鉛筆や消しゴムは自分で持って来ますが、
たくさんは持っていないので、使えないほど小さくなるまで大切につかっています。

そして、男の子も女の子も上級生も下級生もみんなとっても仲良し!
イジメなんて全くありません。
イタズラ好きなのでケンカはよくしますが、
すぐにケロッと忘れてまた仲良く遊びます。
困っている子がいたら助けるのがあたりまえ。
先生のお手伝いをするのも、みんなで取り合いになるほど大好きです。

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わたしは、先生方から少し時間をもらって、
日本語の簡単なあいさつや折り紙を教えています。
日本語がもともと分かる子はひとりもいない学校なのに、
今ではみんなが「オハヨー」「サヨナラー」と声をかけてくれるようになりました。

ブラジルの学校にも、日本の学校と同じように行事がたくさんあります。
特にここパリンチンスは「ボイブンバ」と呼ばれるアマゾンのお祭りで有名な街なので、
小学校のお祭りでも、子どもたちが大人顔負けのあざやかな衣装を身につけて、
激しいリズムで元気に踊っています。

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この学校に通ってくる子どもたちの中に、
携帯やテレビゲームを持っている子はひとりもいません。
それでも、みんなで裸足でサッカーをしたり、
凧をあげて遊んだりと、
毎日元気いっぱい・笑顔いっぱいでとても楽しそうです。

わたしはこの子どもたちに会うたびに、元気をたくさんもらっています。

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by amazontoshimin | 2010-11-19 09:54 | Oi! こちらパリンチンス

Oi! こちらパリンチンス 第一回

ボア・タールジ!
みなさん、こんにちは。ビアンカです。

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わたしは今、日本からみるとちょうど地球の反対側に位置する
ブラジルのアマゾンで生活しています。

住んでいる街の名はパリンチンス。
人口は11万人くらいで、海のように大きなアマゾン川の中流に浮かぶ島です。

ここパリンチンスの生活は日本と違うことばかりで、
毎日が驚きと発見の連続です。

これから、みなさんにここでの生活を少しずつ紹介したいと思っています!
タイトルの“Oi!(オイ)”はポルトガル語で“やあ!”という意味です。

そう、ここブラジルで使われている言葉はポルトガル語なんですね。
ちなみに文頭のボア・タールジは“こんにちは”です。

◆地球の反対側へ◆
成田からブラジルのサンパウロまで飛行機で約24時間! 
そこからさらに飛行機を2回乗り継いで、
やっとたどりつくのが、ここパリンチンス。

海のようにどこまでも広がるアマゾン川に囲まれていて、
ここから他の街に行くには、飛行機か船を使います。

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ブラジルは、日本と季節が反対なので今は冬です。
でもパリンチンスは赤道のすぐそばの熱帯気候なので、
一年中30度を超す真夏の暑さです。
時間は日本とマイナス13時間違うので、
日本が昼の時こちらは前の日の夜です。

日本からこんなに遠くて、何もかも違うように思えるパリンチンスですが、
実はずっと昔から日本と深いつながりのある場所なんです…。

◆なぜ、パリンチンス?◆

わたしがなぜこの街にやって来たかというと、
ここに「日本語を勉強したい!」と思っている人たちがたくさんいるからです。
なぜ、日本からこんなに遠くのアマゾンに
日本に興味を持った人たちがいるのでしょうか?

それは、今から80年もの昔、
この地にはるばる日本からアマゾンの開拓のためにやってきた
日本人の人たちがいたからです。

彼らは、アマゾンの厳しい自然の中で
命を落とすほどの困難にあいながらも、
ジュート(コーヒー豆を入れる袋の素材)の栽培になんとか成功して、
アマゾンの発展に大きく貢献しました。

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そんな日本人たちの活躍は
パリンチンスの歴史にとってとても大切で、
パリンチンスの人たちはみんなそのことを知っています。

パリンチンスの街を歩くと、
いたる所に日本人の名字を見ることができます。

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それは、今も日本人の血を引いた子孫たちが
この街にたくさん住んでいるからなんですね。
このように、日本と昔から関係の深いここパリンチンスのことを、
日本のみなさんにもぜひ知ってほしいと思っています!
どうぞ、よろしく!!

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by amazontoshimin | 2010-09-23 03:58 | Oi! こちらパリンチンス